OSHO 

1931年12月11日、北インド、クチワダに生まれる。 

1953年3月21日、21才にして悟りを開く。 サガール大学哲学科を首席で卒業 

1956年、サウガル大学で哲学の修士号を取得。 1958年、ジャバルプール大学の哲学教授に就任。 

1966年、教授職を退き、スピリチュアル・マスターとして 講演活動や瞑想などを指導。 

1974年、プーナにアシュラム(道場)を設立。 世界中から探求者やサイコセラピストが数多く集まるようになる。 毎日の講話ではイエス・仏陀・老子・荘子・ソクラテスから 達磨・馬祖などの禅師に至る覚者を題材に、 宗教、哲学、心理学、科学、教育など幅広い領域に 光を当てながら、あらゆる探求の道を平易に説き明かした。 

1981年、活動の拠点をアメリカ合衆国オレゴン州に移し 巨大な農業コミューンを建設。 

1984年、3年ぶりに講話を再開。辛辣に伝統宗教、 政治の因習などを批判しつつ、 真の宗教性の必要を説く。 世界中で刊行されている講話録は650冊以上に及ぶ。

 1985年10月、ノースカロライナ州シャーロッテにて 逮捕状なしに逮捕され、12日間不当な留置を強いられる。 どこに行くにも手錠をかけられ、足鎖をつけられたまま、OSHOは保釈を拒否されて、12時間監禁状態に止め置かれた。彼は国中を引き回されて、オレゴン州ポートランドに移送された。通常なら5時間の旅に8日間がかけられた。OSHOが刑務所にいた間、彼は連邦の役人に肉体的虐待を受け、明らかにタリウムの毒物を盛られた。 同年11月、合衆国政府より国外退去を命じられ、ワールド・ツアーを開始。21の国々がOSHOを国外追放するか、 あるいはその入国を拒否した。 

1987年、プーナに戻る。 

1989年2月、OSHOと改名。 

1990年1月19日、プーナのOSHOリゾートコミューンにてボディを離れる。