OSHO 

瞑想は冒険だ。それは人間の精神が引き受けることのできる、もっとも偉大な冒険だ。瞑想とは何もせずにただ在ることー行為も、思考も、感情もない。ただ在るだけで、それがまったくの喜びとなる。何もしていないのに、この喜びはいったいどこからやってくるのだろう。それは、どこからともなくやってくる。あるいは、あらゆるところからやってくる。それには原因がない。なぜなら、実在は<喜び>とよばれる素材によって造られているからだ。何もしていないときー肉体的にも、精神的にも、どのレベルにおいてもーすべての行為が止み、自分がただたんに在り、存在そのものであるとき、それが瞑想だ。それを為すことはできない。修練することはできない。それは理解しなければならないだけだ。<ただ在る>ための時間が得られるときには、すべての行為を落としなさい。考えることも行為であり、集中することも行為であり、黙考することもまた行為だ。たとえほんの一瞬でさえ、何もせず、ただ自分の中心に完全にくつろいでいられるなら、、それが瞑想だ。OSHO 詳しくは https://www.osho.com/ja/meditate